第82号

スタートアップの成長に資するガバナンス設計と投資契約実務のアップデート~スタートアップ投資契約ガイドライン・増補版の概要と解説~

POINT

  1. 本年9月に経済産業省よりスタートアップ投資契約のガイドラインである「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」の増補版1が公開されました。
  2. スタートアップには、フェーズに応じたガバナンス構築が求められ、より「高さ」のある成長を目指すために取締役会を監督機関に据える「ボードガバナンス」の構築が重要との方向性が示されました。
  3. ガバナンス体制の成長に応じた投資契約実務のアップデートの必要性が示され、今後の契約実務に影響を及ぼすものと予測されます。

1 本ガイドライン策定の経緯(「裾野の拡大」から「高さの創出・継続」へ)

 平成30年に経済産業省によりスタートアップ投資契約実務のガイドラインとして「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」 が策定されました。その後、日本のスタートアップを取り巻く環境は大きく成長を遂げ、国内におけるスタートアップの数や認知度は各段に向上してきました。

 スタートアップの「裾野」 が拡大してきた今、日本のスタートアップ・エコシステムは、継続的な裾野の拡大を維持しつつ、ユニコーン企業(設立10年以内で企業価値10億ドル以上の企業)等の「高さ」のあるスタートアップを創出することが重要となっています。

 そこで、経済産業省及び日本貿易振興機構 (JETRO)により、「高さの創出」と「裾野の拡大」 を目的として、「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項(令和4年3月経済産業省改訂版)」 2の増補版 (脚注1) という形でアップデートがなされました(以下、「本ガイドライン」といいます)。

2 アップデートのポイント(「ガバナンス設計」と「投資契約実務」)

 「高さ」のあるスタートアップへの成長には、国内の投資実務のアップデートに加えて、投資の受け手であるスタートアップ自体の成長が不可欠です。特に、将来的に海外投資家を含む多様な投資家から投資を受けることを見据える場合には、グローバルスタンダードに引けを取らないガバナンス体制を構築する必要があります。

 そこで、本ガイドラインにおいては、 ①スタートアップの「高さ」 を生み出す成長に資するガバナンス設計の考え方と、 ②ガバナンス体制の成長に応じて投資契約をアップデートするという契約実務の方向性が示されています。以下、その概要について解説します。

3 スタートアップの「高さ」を生み出すガバナンス設計

⑴ ガバナンスの基本

 「ガバナンス」と聞くと、上場要件を満たすためや不祥事を防止するためだけを目的とした形式的な会社体制を想像される方も少なくないかと思います。

 しかしながら、本来的なガバナンスとは、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を究極的な目的とした、会社が透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」です。

 ガバナンス構築のための基本的な考え方は次のとおりです。 ①所有(株主)と経営(CEO・取締役)の分離所有と経営の分離とは、会社の所有者たる株主が、経営者に会社の経営を委任することで、会社経営の効率化を図る仕組みを言います。 ②監督(取締役会)と執行(CEO・執行役員等)の分離監督と執行の分離とは、監督機関(取締役会)がCEOを含む執行者の選解任を行うことにより、執行機関を強化することで、企業価値の向上を実現する仕組みを言います。

⑵ スタートアップの特徴に合ったガバナンスの構築

 スタートアップは、爆発的な成長が期待されており、創業後の初期段階では、機動的な意思決定・行動が重要視されます。そのため、シード期(創業後の初期段階)においては、「所有と経営の分離」や「監督と執行の分離」といった仕組みの重要性は相対的に低く、機動的な意思決定が可能となるガバナンスが重要となります。

 しかしながら、スタートアップのフェーズが進むにつれ、株式による資金調達に伴い多様な投資家が株主として参入することで資本構成が複雑になり、当然、シード期とは異なるガバナンスが要求されるようになります。

 すなわち、フェーズ毎に要求されるガバナンスは変容するため、スタートアップは、フェーズによって、自社の事業計画や資本構成のロードマップに沿った最適なガバナンスを都度構築する必要があります。

⑶ フェーズごとのガバナンスの一例

①シード期からアーリー期(事業が具体的に動き出した段階)にかけて(下図①)

 創業後間もない時期においては、所有と経営・監督と執行を分離せず、創業者株主がCEOとして、大胆かつ迅速な意思決定を行う仕組みをとることも、企業価値の向上に資するガバナンス体制の一つであると言えます。

②アーリー期からミドル期(事業が軌道に乗り始め、急速な成長を目指す段階)にかけて(下図②)

 「高さ」のある成長を目指す場合、事業の成長や投資家の参入等による株主の属性の多様化に伴い、経営環境がより複雑となるため、CEO個人の能力に頼った経営には限界があります。そのため、様々な能力の外部人材を擁するチームによる経営が必要となります。

 そのような経営を可能にするためのガバナンス体制として、取締役会を組成し、取締役会を監督機関に据えるボードガバナンスの体制を構築することが考えられます。具体的には、独立社外取締役や投資家の指名した取締役などの多様なメンバーによって構成される取締役会が、将来ビジョンや経営戦略といった会社の大きな方向性を示し、執行機関の中心であるCEOの選定・解職を含めて、経営環境の変化に応じた執行体制の監督(モニタリング)をすることによって、スタートアップの成長を支えることが期待されます(「執行」と「監督」の分離)。

③ミドル期からレイター期(事業が成熟し、上場や M&Aを視野に入れた段階)にかけて(下図③)

 さらに会社の成長が進んだ後のガバナンス構成としては、上述したボードガバナンスを中心に、指名委員会や報酬委員会等の任意機関を設置するほか、海外展開やEXIT戦略を見据えた人材を取締役に加え、さらなるガバナンス体制の拡充を図ることが考えられます。

(出典 : 本ガイドライン 10 頁)

⑷ 小括

 これまでも、スタートアップにおいて、アーリー期からミドル期にかけて取締役会を組成し、上場を意識したレイター期からは、よりガバナンス体制を強化するというようなこと自体は行われることが多かったものの、外形を整えることに終始している例もありました。本ガイドラインを踏まえ、 スタートアップ側も取締役を指名等する投資家の側も、フェーズに応じた成長を促進できるようなガバナンス体制を構築・運用するよう意識することが重要と思われます。

 また、本ガイドラインのポイントは、上述したガバナンス体制の構築の状況などに応じて、以下で述べるように投資契約の条項の内容を調整することが提言されていることであると考えます。

4 ガバナンス体制の成長に応じた契約条項のアップデート

 スタートアップは株式での資金調達を行うことが多く、その際には投資家との間で投資契約を締結します。「高さ」のある成長を目指し、それを前提としたガバナンスを構築するスタートアップにおいては、既存の投資契約実務が抱える課題を把握し、ガバナンスに応じたアップデートを図ることも重要です。

 本ガイドラインでは、国内の投資契約実務の課題と、それに対する方向性が示されています3。 以下では、今後の方向性に絞ってその内容を概観します。

⑴ 事前承認事項

方向性:

◎事前承認事項 (スタートアップがその運営に関して一定の事項を行う場合に、投資家の事前の同意を要する旨の定め) は、会社の性質・ガバナンスの成熟度・事業の進捗等に応じて、適時に調整する。

 事前承認事項は、投資家の権利利益を保護する機能がある反面、迅速な会社の意思決定を阻害する側面もあります。そのため、いかなる項目を事前承認事項とするかについては、経営者・投資家間で十分に吟味して規定を検討する必要があります。

 これまで、初期段階で設定した事前承認事項を会社が成長した後でもそのまま引き継ぐような実務が散見されましたが、事前承認が必要となる事項は会社のガバナンスの成熟度によっても左右されます。本ガイドラインでは、例えば、取締役会を中心としたガバナンスが成熟した段階では、取締役を通じて経営リスクをコントロールできるため、事前承認事項を会社の存続に関わる事項等の重要な事項に限定するというような提案がなされており、実務上重要な指摘であると思われます。

⑵ 株式買取請求権

方向性:

◎株式買取請求権 (スタートアップ(または経営株主) が投資契約上の義務に違反した場合に、 投資家がスタートアップ(または経営株主)に対して株式の買取を請求できる旨の定め)は設定しない。

◎(設定するとしても) 株式買取請求権の行使条件となる重大な契約違反や表明保証違反は明確化する。

◎(設定するとしても)株式買取請求の対象から経営株主個人は除外する。

 令和4年3月に公正取引委員会・経済産業省が策定した「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの投資に関する指針」 4 においても、株式買取請求権の行使条件の限定や、同請求権の行使対象から経営株主個人を除くという方向性は示されていましたが、本ガイドラインではさらに一歩踏み込み、そもそも株式買取請求権を設定しないという方向性が示されました。 取締役会を中心としたガバナンス体制が構築されている場合には、投資契約上の義務の違反については、その体制を通じたモニタリングによって防止することが想定されています。また、表明保証違反を行使条件とする株式買取請求権についても、デューデリジェンス(DD) の実施状況などに照らし、設定の有無や範囲について調整されるべきとの指摘がされています。株式買取請求権の設定を所与のものとせず、ガバナンスの状況などに応じて交渉・調整されるべきというのは実務上意識すべきポイントであると考えます。

⑶ 表明保証の主体

方向性:

◎表明保証の主体(投資契約の当事者)から経営株主個人を除く。

 これまでの日本の投資契約実務では、経営株主も投資契約の当事者に含まれ、表明保証を行う主体となる例が多かったですが、投資契約は「会社」 の資金調達であること、また、表明保証は「会社」 の価値判断のデューデリジェンス(DD) の補完を目的とするとの観点から、表明保証の主体(ひいては、投資契約の主体)から経営株主個人を除く方針が示されました(もっとも、 初期段階でのスタートアップでは、法人と個人の分離が明確でない場合もあり、その場合は個人に表明保証させる運用が必ずしも不合理とは言えないことも示唆されています。)。

 なお、反社会的勢力との関係等、経営株主個人に係る重要な事項については、投資契約の当事者とすることなく別途にサイドレター等を締結し、その中で表明保証させるなどの対応が考えられます。

⑷ 補償責任の主体

方向性:

◎発行会社が投資契約上の義務に違反した場合に、経営株主個人に連帯責任を課すことは、原則として許容されるべきでない。

 経営株主が取締役を務める場合は、善管注意義務違反があれば会社法上の責任を負いますし、業務執行と無関係な背信行為に対しては民法上の責任が課されます。このように法令上、 当然に責任が発生する場合について契約上の責任を課すことは一般にみられるものであり、著しく不合理とは言えません。

 他方で、発行会社が投資契約上の義務に違反した場合に経営株主が連帯責任を負うことは、 いわゆる株主有限責任の原則を逸脱しており、経営株主に過度な負担を課すものですので、控えるべきとの見解が示されました。

⑸ Exit協力義務

方向性:

◎Exit協力義務 (上場時期を設定し、スタートアップ及び経営株主に対して、当該時期までに上場を行う努力義務を課す旨の定め)を定めない。

◎(定めるとしても)Exitの内容として、上場に限定するのではなく、M&A等の選択肢も含めるようにする。

 Exit努力義務に関しては、これまでの日本のスタートアップ投資実務において定められることの多かった規定ですが、米国のNVCAモデル(全米ベンチャーキャピタル協会が公表しているひな形)に規定がなく、海外投資家から違和感を持たれる場合があるとの指摘があります。そのため、規定自体の必要性についても十分吟味する必要性があります。

 Exit 努力義務を定めるとしても、Exitについては上場以外にM&A等の選択肢もあるので、これらを含めた内容とすることが望ましいと言えます。また、E xi t については、会社や経営株主の努力だけではなく、投資家のサポートが不可欠であるため、契約当事者全員が Exit へ向けて協力する旨の文言を加えることも提案されています。本ガイドラインの公表後、これらの内容を参考にしていると思われる投資契約の実例が既に散見されるようになっています。

⑹ 優先残余財産分配権、上場に伴う優先株式の転換時期等

 本ガイドラインでは、以上のほか、優先残余財産分配権(会社が清算・M&Aされる際に、優先株式を有する投資家が普通株主などに先立って財産の分配を受けることができる旨の権利)や、 上場に伴う優先株式の普通株式への転換のタイミングについても提言がされています。

5 おわりに

 本ガイドラインが示すように、スタートアップがより大きく成長するためには、各フェーズに応じたガバナンス体制を構築することが肝要です。また、ガバナンスの成熟度に応じて投資契約の内容を調整する必要性が指摘されており、この点は、契約実務上も重要と思われます。

 当事務所がサポートした案件においても既に本ガイドラインが影響を与えていると思われるものが複数見られ、今後、スタートアップ側、投資家側の双方とも、本ガイドラインの内容を意識して投資契約に関する協議・交渉を行うことが必要と考えられます。


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