第78号
ビジネスと人権 ~人権デュー・ディリジェンスの実務~
POINT
- 近年、ビジネスと人権について社会的要請が高まり、企業活動における人権問題に対応することが求められます。
- 企業活動に関する人権問題を放置すると、経営に関するリスクになり得ます。
- 人権問題については、重要度に応じて優先順位付けをして、適切に対応することが重要です。
1 はじめに
近年、ハラスメントや不当差別等、企業と関わりのある様々な「人権問題」 が社会の注目を集め、企業活動における人権に関する社会的要請が高まっています。
企業活動による人権侵害について、国際的な議論が活発になる中、欧米諸国を中心に、各企業に対し、サプライチェーンも含め、人権尊重を求める法制を導入する動きが広まっています。また、市民社会、消費者においても企業に人権尊重を求める意識が高まっています。
日本においても、経済産業省が、2022年9月、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」1を策定し、2023年4月には人権尊重の取組内容を具体的かつ実務的な形で示す「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」2を作成・公表しており、日本企業が経済活動の中で取り組むべき人権尊重を実践的な視点から支える基礎づくりが進んでいます。
このような社会的な潮流から、企業は、企業活動における人権問題に対応することが求められています。企業の規模や業種等を問わず、すべての企業が、人権問題への対応を放置したり、誤った対応をすると、企業への信用やイメージ等が低下し、企業価値に影響する可能性があります。 また、サプライチェーンも影響を受けることがあります。
2 国連指導原則について
2011年、国連人権理事会で事業活動における人権尊重の指針として「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「国連指導原則」といいます。)3が全会一致で承認されました。国連指導原則は、「ビジネスと人権」に関する最も基本的かつ最重要の国際基準です。
国連指導原則は、国家の人権保護義務、企業の人権尊重責任、救済へのアクセスという3本の柱から構成されます。
国連指導原則では、企業が尊重すべき人権とは、「国際的に認められた人権」とされています。 「国際的に認められた人権」とは、少なくとも、国際人権章典で表明されたもの及びILO宣言(労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言)で挙げられた基本的権利に関する原則と理解されています。例えば、結社の自由、十分な生活水準を保持する権利、安全で健康的な労働環境、雇用及び職業における差別の排除等が定められています。
3 国連指導原則で求められる企業の役割
⑴ 国連指導原則で求められる企業の取り組み
国連指導原則の2つめの柱である「企業の人権尊重責任」では、以下の3つの取り組みを企業に求めています。
・人権方針の策定:人権を尊重した経営を行うことを方針として社内外に示す。
・人権デュー・ディリジェンスの実施:企業は人権への「負の影響」を特定し、対処する。
・救済メカニズムの構築:人権への負の影響に対して是正・救済の措置をとる。
⑵ 国連指導原則で定められた企業責任
人権の負の影響と企業との関係は、重要な検討事項です。国連指導原則は、企業に対して、 企業が直接的に引き起こしている人権侵害のみならず、間接的に負の影響を助長していたり、 関与したりしている人権侵害についても対応することを求めています。
企業が対応すべき人権への負の影響の種類は、 ①企業が負の影響の原因となった場合 (Cause)、②企業が負の影響を助長している場合(Contribute)、③企業の事業やサービスが取引関係を通じて負の影響と直接関連している場合(Directly Linked)に整理できます。
そして、これによって、企業がどのように対処をすべきかが決まります。企業は、全ての負の影響について、直ぐに対処できない場合があるため、優先的に措置を講じるべきものを決めて、最も重大な影響を特定・対応してから、より重大性の低い影響の対応へ移ることになります。
優先順位付けのプロセスは継続的なものであり、時には、より重大性の低い影響への対応に移る前に、新たな又は顕在的な負の影響が発生し、それらが優先されることもあります。人権に関するリスクの優先順位付けを行う際には、潜在的な負の影響の深刻性 (対応の遅れによって影響が是正不能になる等) が、対応の優先順位付けにおける最も重要な要素です。このような行動の優先順位付けは、人権デュー・ディリジェンスの実施によって決まります。

(出典:責任ある企業行動のための OECD デュー・ディリジェンス・ガイダンス472 頁)
4 人権デュー・ディリジェンス(人権 DD)の実施方法
① 人権方針の策定
RBC課題(労働者、人権、環境、情報開示、消費者保護等の課題) に関する企業方針を立案、 採択するとともに、全ての従業員や、取引先、出資者、その他関係者に向けて周知します。これらの方針は、企業の経営トップの承認や、社内外からの専門的な助言をもとに、策定されます。
② 負の影響の特定・評価
ビジネスプロセスを可視化したうえで、顕在的・潜在的な負の影響を洗い出します。限られたリソースのなかで全ての負の影響に対応することは不可能に近いため、 負の影響の「深刻度」 と 「発生可能性」を考慮して優先順位付けを行います。
③ 負の影響を停止、防止および軽減する
優先順位の高い負の影響に対しては、予防策や対応策を講じる必要があります。例えば、教育・研修の実施、社内の環境や制度の整備、サプライチェーンの管理と適切な対応 (ガイドライン策定等)が考えられます。また、負の影響への企業の関わりについての評価に基づき、負の影響の原因となったり助長したりする活動を停止すべきこともあります。
④ 実施状況および結果を追跡調査する
対応策の実施状況および有効性を、ビジネス上の関係先を含め、追跡調査する必要があります。追跡調査により得られた教訓を、今後のデュー・ディリジェンスのプロセスを改善するために利用します。ここでは、従業員や関係者への定期的なアンケートやヒアリングの実施、第三者機関への監査の委託等を行い、対応策の客観性や妥当性を確認することが重要となります。
⑤ 影響にどのように対処したかを伝える
デュー・ディリジェンスのプロセス、顕在的・潜在的な負の影響を特定し対処するために行った活動、それらの活動から発見された調査結果等の情報を外部に開示します。具体的には、すべてのステークホルダーがアクセスできる場所 (ホームページ等)にて、対応策やモニタリング結果等に関する報告書を公開します。

(出典:責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス(脚注4)21 頁)
5 さいごに
ビジネスと人権についての社会的要請の高まりから、企業は、企業活動における人権問題に対応することが求められており、企業の人権問題への対応は、時として企業価値に大きく影響します。
企業活動に関する人権問題を放置すると、訴訟や行政罰等の法務リスク、人材流出やストライキ等のオペレーショナルリスク、不買運動やSNSでの炎上等のレピュテーション(評判)リスク、株価の下落や投資の引揚げといった財務リスク等が考えられます。すなわち人権に関するリスクは、そのまま経営に関するリスクにもなり得るといえます。
人権リスクの対応方法等について、ご不明点等ありましたら、当事務所にご相談いただけたらと思います。
1 https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003 -a.pdf
2 https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230404002/20230404002 -1.pdf
3 https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
4 https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf