第77号
企業に求められるカスタマーハラスメント対策 ~従業員をカスタマーハラスメントから守るために~
POINT
- カスタマーハラスメントが大きな社会問題となっている昨今、企業には、カスタマーハラスメントの悪影響を認識した上で、従業員を守るための対策が求められます。
- 「カスタマーハラスメントには毅然と対応し、従業員を守る」という基本方針を明確にし、 社内に周知することが重要です。
- カスタマーハラスメント対策にあたっては、厚生労働省作成の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等が参考になります。
1 はじめに
近年、顧客等からの著しい迷惑行為をいう「カスタマーハラスメント」 (以下 「カスハラ」 といいます。)が問題視され、雇用主である企業には、従業員をカスハラから守る対応が求められています1。 厚生労働省においては、現在、カスハラから従業員を守るための対策を企業に義務付ける法整備が検討されており、企業にとってカスハラ対策を行うことは喫緊の課題といえます。
2022年2月、厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」2(以下 「カスハラマニュアル」といいます。)を作成・公表しました。カスハラマニュアルでは、カスハラを想定した事前の準備、実際にカスハラが起きた際の対応など、企業におけるカスハラ対策の基本的な枠組みが示されています。カスハラマニュアルを踏まえ、業界団体や企業において、自社の業種や業態に応じた対応体制の整備、対応手順の策定など、カスハラ対策への具体的な取り組みが広がっています。
また、カスハラ対策については地方公共団体も問題意識を持って取り組んでいます。東京都は、2024年10月4日 「東京都カスタマーハラスメント防止条例」 (いわゆる「カスハラ防止条例」) を制定し、2025年4月1日から施行が予定されています。このカスハラ防止条例は、「何人も、あらゆる場において、カスタマーハラスメントを行ってはならない」として、カスハラの禁止を規定するとともに、カスハラの防止に関する東京都、顧客等、就業者、事業者の責務3を規定しています。同様の条例制定等の動きはほかの地方公共団体にも広がっており、企業は、法令遵守の観点からも、 これらの動きに着目して適切に対応を進めることが必要です。
本書では、紙面の都合から、カスハラ対策のすべてを記載することは叶いませんが、企業が知っておくべきカスハラの知識、従業員をカスハラから守るために企業が対応すべき事項等についてご紹介します。
2 カスハラとは
⑴ カスハラとは
顧客等からの著しい迷惑行為のことをいい、具体的には、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」をいいます4。例えば、顧客等が過剰な要求を行ったり、商品やサービスに何の問題もないにも関わらず不当な言いがかりをつけたりする悪質なクレームといったものがカスハラに該当します。
ここで、重要なのは、顧客等の要求内容だけでなく、要求の手段・態様も総合して判断される点です。つまり、顧客の要求内容自体は妥当であっても、その要求態様が脅迫、暴言等を伴うようなものであれば、カスハラに該当することになります。
⑵ なぜカスハラ対策が必要か
カスハラによる悪影響は、以下のとおり5、対応する従業員へはもちろん、企業や他の顧客等にも及ぶことから、健全な企業活動に多大な支障が生じます。
(従業員への影響)
・業務のパフォーマンスの低下
・健康不良
・現場対応の恐怖、苦痛による従業員の配置転換、休職、退職 など
(企業への影響)
・時間の浪費
・円滑な業務の阻害
・人員確保の困難 など
(他の顧客等への影響)
・来店する他の顧客の利用環境、雰囲気の悪化
・業務遅滞によって他の顧客等がサービスを受けられない など
また、企業は従業員に対して安全配慮義務(従業員の健康と安全に配慮する義務)を負担していますので、企業のカスハラ対策が不十分であったがゆえに、従業員がカスハラで健康を害した場合、企業は当該従業員に対して損害賠償責任を負担する可能性があります。
そのため、企業は、適切なカスハラ対策を講じることにより、カスハラによる従業員、企業、他の顧客等への悪影響を防止しなければなりません。企業が適切なカスハラ対策に取り組むことで、カスハラに対する企業の姿勢をみた従業員の安心感が生まれ職場環境が明るくなる、従業員が働きやすくなる、といったプラスの影響も期待できます。
⑶ カスハラの判断基準
企業は顧客等から様々なクレームや要求を受けますが、このうち正当なクレームは、顧客等からの信頼確保、企業の成長に繋がり得るという観点から、適切に対応すべきです。そのため、 正当なクレームとカスハラの区別が重要になってきます。
この点に関しては、業種や業態、企業文化などの違いから企業ごとに違いが出てくる可能性がありますが、①顧客等の要求内容に妥当性はあるか、②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲であるか、が一つの尺度となります6。
カスハラの判断基準が不明確であると、現場を担当する従業員が判断に悩み、結果、カスハラに該当する事案を抱え込んでしまうことにもなりかねません。企業においては、カスハラに該当する可能性のある事案を速やかに情報共有し、適切な対応を講じるためにも、あらかじめカスハラの判断基準を明確にした上で、企業内の考え方・対応を統一して現場と共有しておくことが重要です。例えば、カスハラ事案に多く見られる要求内容や要求態様を整理・類型化した上で、現場の従業員がカスハラに該当するか否か迷ったときに用いることができるチェックリストを作成することも有用です。
3 企業に求められる対応
⑴ 基本方針・基本姿勢の周知
従業員は、カスハラかもしれない、という事象があったときでも、「自分のせい」「自分がどうにかしなければ」「自分がもう少しうまく対応していれば違ったのかもしれない」などと抱え込んでしまうことがあり、誰にも相談できず、気がついたときには従業員に過大な負担が生じて健康被害が出てしまった、トラブルが当初より深刻化してしまった、ということが珍しくありません。
そのため、まず大切なことは、企業において、カスハラには毅然と対応し、組織として従業員を守る(カスハラ対応をする従業員を孤立させない) という基本方針・基本姿勢を明確に示し、従業員に周知することです。これができなければ、現場で対応する従業員の不安や負担が募り、 負の連鎖が生じてしまいます。企業の基本姿勢が明確になることで、従業員は、カスハラを受けた場合やカスハラかもしれないと思った場合に、速やかに情報共有(上司に報告等) しやすくなります。
⑵ 対策の基本的な枠組み
カスハラ対策においては、初期対応及び組織的対応が重要です。以下、適切な初期対応及び組織的対応を取るために、企業が取り組むべきカスハラ対策7をご紹介します。カスハラ対策を始めたいが何から行ったら良いか分からない、という場合には、まずはこれらの対策を行うことが考えられます。必要に応じて、適宜カスハラマニュアルもご参照ください。
<カスハラを想定した事前準備 >
| ① 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備 ・カスハラを受けた従業員が相談できるように、上司や現場の管理監督者から相談対応者を決めておく、または相談窓口を設置して、従業員に広く周知する。 ・相談対応者等と社内関係部署(人事部門や法務部門等) が連携できるような体制を構築する。 ・外部関係機関(弁護士等)と連携できるような体制を構築する。 ② 対応方法、手順の策定 ・現場での初期対応の方法、手順を決めておく(例:複数名で対応し、担当の従業員を一人にさせない、行為が深刻な場合は担当の従業員に代わって現場監督者が対応すること等)。 ・内部手続(報告・相談、指示・助言)の方法、手順を決めておく。 ③ 社内対応ルールの従業員等への教育 ・研修・顧客等からの迷惑行為、悪質なクレームへの具体的な対応について、従業員を教育する(例:研修を定期的に実施し、そのなかでカスハラ対策に関する経営者のメッセージを発信すること等)。 |
<カスハラが実際に起こった際の有事対応>
| ④ 事実関係の正確な確認と事案への対応 ・カスハラに該当するか否かを判断するため、顧客、従業員等からの情報を基に、その行為が事実であるかを確かな証拠・証言に基づいて確認する。 ・事実確認の結果、企業側に法律上も道義上も責任が認められない場合、安易な妥協はせずに、要求には応じない。 ・商品に欠陥がある、またサービスに不手際、落ち度があるなど、企業側に法律上の責任やコンプライアンス上の責任がある場合は謝罪し、商品の交換・返金等の必要かつ相当な対応をする。ただし、企業側の対応に落ち度があるとしても、謝罪のみで足りるのか、謝罪以上の対応が必要であるのか、要求内容にどこまで応じるかについては慎重に判断する必要がある。 ⑤ 従業員への配慮の措置 ・カスハラの被害を受けた従業員に対する配慮の措置を適正に行う。 例)従業員の安全の確保、精神面の配慮(必要に応じて産業医などの専門家に相談対応を依頼してアフターケアを行う等) ⑥ 再発防止のための取組 ・同様の問題が発生することを防ぐため、継続的に取組を行うとともに、定期的な見直しや改善を行う。 例)社内事例ごとに検証し、新たな防止策を検討する等 ⑦ 上記の措置と併せて講ずべき措置8 ・カスハラになりそうな予兆を捉えるため、能動的に情報を取得する取組をする。 ・顧客等の申出内容及び対応の経緯等は正確に記録し、関係部署に共有・報告する。 |
4 カスハラの予防・解決のために
昨今、企業がカスハラに対する問題意識を持って対策に乗り出しており、様々な企業がカスハラに関する方針の策定を行い、いわゆる「切電マニュアル」 の作成等も進んでいます。
もし、カスハラの対策をしておくべき業態、事業等であるにも関わらず、まだ明確な対策をとることができていないという場合には、早急に対策に着手することをおすすめいたします。
また、カスハラ対策の一つとして、外部の専門機関との連携も重要です。悪質なカスハラについては、必要に応じて躊躇なく、警察・弁護士等に相談してください。
当事務所でも、カスハラ対策にするアドバイス、カスハラに関する研修、カスハラが起きた場合の代理人対応等を行っておりますので、適宜ご相談ください。
1 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」 (令和2年厚生労働省告示第5号) では、顧客等からのカスハラに関して、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うことが望ましい旨や被害を防止するための取組を行うことが有効である旨が定められています。
2 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
3 事業者の責務として、カスハラの防止に主体的かつ積極的に取り組むこと、その事業に関して就業者がカスハラを受けた場合には速やかに就業者の安全を確保し、当該行為を行った顧客等に対してその中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めること等が規定されています(同カスハラ防止条例第9条)。
4 カスハラマニュアル・7頁
5 カスハラマニュアル・13頁
6 カスハラマニュアル・11頁
7 カスハラマニュアル・18頁~45頁
8 カスハラマニュアル・41頁では、「その他カスタマーハラスメントの予防・解決のために取り組むべきこと」として「カスタマーハラスメントの発生状況の迅速な把握と情報の記録について」も紹介されています。